村上春樹 エルサレム賞受賞のスピーチについて




G7後の会見のこの人↑はもうどうしようもないのですが、今日はそのまったく逆の素晴らしい(あくまで個人的意見としてですが)スピーチについて。

私の好きな作家の一人である村上春樹氏が先日エルサレム賞を受賞しました。受賞時のスピーチは大きな話題となり、当日は様々なニュースで取り上げられていました。

見ていない方はとりあえずこちらをどうぞ ↓



パレスチナ自治区ガザ侵攻でまさに注目され揺れているイスラエルの文学賞の授賞式に出るというのは、イスラエル側の政策を支持する立場にたつともとられかねないわけですし(実際日本の一部市民団体は受賞辞退を求めていたらしい)、そこで発言するということは内容次第では、イスラエル側の人たちから、あるいは逆にイスラエルの政策に反対する世界中の人たちからの批判の矢面に立つかもしれないという可能性があるわけで、すごく悩んだことだろうし、実際に出席してスピーチをした村上春樹の勇気(本人は勇気とは思っていないでしょうが・・)は素直にそれだけですごいなと思いました。

日本のメディアはだいたいが「村上春樹氏エルサレム賞受賞、ガザ攻撃を批判」みたいな感じの見出しをつけていて、上のYouTubeの映像にもあるとおり、スピーチ中の「壁と卵」の話を主にとりあげていました。授賞式に出たことや、スピーチの内容に関して批判的な意見はほとんどなかったように感じます(私が見た限りですが)。

ニュースの映像や新聞ではスピーチの内容を抜粋してとりあげられていたので、全部聞いてみたいなと思いGooglingしていたところ、スピーチの全てを文字起こししてあるサイトを見つけました。英語でのスピーチだったのでもちろん全て英語で、ちょくちょくわからないところもありましたが辞書とかひきながら一通り読んだところ、ニュースとかには出ていなかったスピーチの全容がわかってすごく興味深かったです。

嘘・嘘つき(lies)の話からはじまるそのスピーチはとてもスマートで、それに続くガザ侵攻への批判(批判というと聞き手の解釈が入っていますが、実際は悲惨な現実を世界にもう一度認識してもらうために事実を語っただけ)、授賞式に出席するまでの経緯と来ることに決めた理由(これがまたいかにも小説家村上春樹らしい)、ニュースにも出ていた「壁(体制・システム)と卵(非武装の弱い人たち)」のくだり、自分が小説を書く理由・意義、昨年亡くなった父親の話、そして最後のメッセージ。最後のメッセージは↓
I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong – and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow The System to exploit us. We must not allow The System to take on a life of its own. The System did not make us: We made The System.
That is all I have to say to you.

ニュースで壁と卵のくだりをとりあげるんだったら、この部分もちゃんと伝えるべきだったんじゃないかと個人的には思いましたので、私のつたない英語力で訳してみますとこんな感じでしょうか。(誤訳があれば簡便してくださいね)

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私が今日みなさんに伝えたかったことは次のことだけです。
私たちはみんな「人間」であり、国籍や人種や宗教を超えて個人です。そしてSystem(体制・システム)と呼ばれる硬い壁に直面する壊れやすい卵なのです。見た限り私たちには勝てる見込みがありません。壁はとても高く、とても強く、そしてとても冷たいのです。
もしも勝つ見込みがあるとするならば、それはわれわれ個々が自分も他人も全く唯一無二でかけがえのない(とりかえることのできない)ものであると信じることや、みんなが協調することによって得られる暖かみによるものでなければならないでしょう。

少しだけ考えてみてください。私たちはそれぞれ実体があり、生きる魂をもっています。System(体制・システム)はそんなの持っていません。システムに利用されてはいけません。システムに生を与えてはいけません。システムがわれわれを作ったのではありません。われわれがシステムを作ったのです。

これが私がみなさんに言いたかったことです。
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YouTubeでもありましたが、言い終ったあと拍手が起こったそうです。イスラエルという場所でスタンディングオベーションだったということは、イスラエルの個々の人たちもガザ侵攻については否定的な立場の人が多い証拠なのではないでしょうか。

私が村上春樹が好きな理由として、もちろん作品がおもしろいというのもあるのですが、彼は自分の立ち位置をわかっているというか、すごく謙虚な人ですごく控えめな人で、同時に少し反抗的な感じがするからなのです。

めったに公の場所に出てきません(カフカ賞授賞式以来じゃないでしょうか?)が、あえてこういう難しい場所に出席し、小説家としての話をして、さらにあくまで個人的な意見としながらも、小説家的な言い回しを用いながら恐れずに世界に向けて語るべきことはきちんと語る。そしてすごく難しい話題について語ったにもかかわらず、きちんとそれが正当に世界から評価される。これはまさしく第1級の小説家がなせる言葉選びと話のすばらしさ、また、自分の立ち位置がしっかりと客観的に見えているからなのではないかと思いました。(好きなので若干というかかなり贔屓目が入っているかもしれませんが・・・)

最後に・・・

村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んだことある人は同じように思ったかもしれませんが、スピーチ中の「壁と卵」の話の「壁」が「世界の終わり」の壁の街の壁を連想させませんでしたか?小説中の壁とスピーチ中の壁はほとんど意味的な共通点がないとは思うのですがなんだか私は連想してしまいました。

それと同時に、深読みしすぎかもしれませんが、このスピーチで出てきた壁はイスラエルが現在パレスチナに建設しているアパルトヘイトウォールと呼ばれる分離壁のメタファーでもあるような気もしました。

「壁」を批判することによって、そのアパルトヘイトウォール建設を暗に批判しているような。。。もしそうなのであればすごくカッコイイ小説家だなとなおさら思います。




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コメント

  1. Shinji より:
    小説はあまり読まないし、氏の事もよく知らないので、にわかなコメントはできないけど、そのニュースを見た時は感動したよ。

    一人の日本人が戦争をしかけている国に赴いてメッセージを残す…

    政治家の外遊や会談より、はるかに意味が深くて人々の印象に残るものだと思いました。


    ペンは剣よりも強し
  2. Chiro より:
    確かに身の周りのあらゆる所にシステムがあってそこに縛られている事を自分にも他人にも日々感じますが、そのシステムがないと世の中うまく回らない事が多いというのも事実。壊すべきとこは壊してまた再構築していく事が大切ですね。

    うーん色々考えさせられました。
  3. カズ より:
    チロ良い事言うね、同感です。
  4. サンジェイ より:
    はじめまして。足跡から来ました。

    これまで小説はもとよりエッセイにおいても政治的発言を一切してこなかった氏の発言に驚きました。上記のリンクをクリクリックして全文を読んでみましたが、核心については氏の小説のように簡潔な比喩的表現で述べられ、聞き手個々の理解を求める内容だと理解しました。以下は私の解釈です。
    ‐「壁」=システム=イスラエル=イスラエル建国の歴史に関った英仏および国連
    ‐「卵」=PLO、ハマスを含むパレスチナ難民
    パレスチナ武装勢力に関しては、自らが立つ卵側に含みながらも「and how wrong the egg」の言葉でその是非を問いかけていると理解しました。壁については私も世界の終りとハードボイルドワンダーランドの壁を連想しましたし、間違いなくアパルトヘイトウォールを示唆していると思います。
    「私は沈黙より発言を選んだ」とありますが、エルサレムまで乗り込んで ―それも公の場を苦手とする氏が国際的な場で― 批判的発言をすることの勇気に、私は日本人としての誇りを感じました。ヨルダンのパレスチナ移民 サーメル君も間違いなく喜んでいるのではと思います。
  5. Mar より:
    #Shinji
    いやーほんとすごく良かったけん繰り返し見てしまったよ。村上春樹が戯曲「リシュリュー」のことに言及しているのは読んだことがないけど、たしかに「ペンは剣よりも強し」やね。

    #Chiro, カズ
    企業も仕組みも芸術もリストラクション(もちろんいい意味での)が大事やね。

    #サンジェイさん
    こんにちわ。コメントありがとうございます。

    サンジェイさんの「and how wrong the egg」の箇所の解釈はなるほどとうなずく思いで読みました。ハードボイルドワンダーランドとアパルトヘイトウオールについて私と同じ考えの方がいたのを知れて良かったです。
    私の記事本文中にも紹介した最後のメッセージのところで、体制,制度,システムに打ち勝つために個々の存在の大事さとそれらの協調(と勝手に意訳しましたが・・)の重要性を語っていましたが、その前のくだりで、
    「I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. 」
    と、自分が小説を書く理由を個の存在の尊さに光をあてることと語っていたところはすごく印象的でした。そろそろ出るであろう新作の読み方がこれを読んだことで少し変わるかもしれません。

    それと父親を亡くしたあと「the presence of death that lurked about him remains in my own memory」と言っていましたが、これは今後の作品作りに大きく影響を与えそうな感じですね。
    ヨルダンではパレスチナ人は下に見られると聞いたことがあります。サーメル君も今回の村上春樹のスピーチを聞いて、同じ日本人であるコヤナギ氏の写真を廊下ではなく今度はロビーの高いところにかかげてくれるかもしれませんね。

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